東京地方裁判所 平成5年(ワ)15476号 判決
原告 伊藤正信
右訴訟代理人弁護士 古賀正義<外四名>
被告 タイ エアウェイズ インターナショナル パブリック カンパニー リミテッド
右日本における代表者 ワンロップ プッカンナスーティ
右訴訟代理人弁護士 高橋勲<外七名>
主文
一 被告は、原告に対し、金三四五四万八五一二円及びこれに対する平成四年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその他の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告の負担とし、その他を原告の負担とする。
四 この判決の原告勝訴部分は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、金一億〇二一六万二〇〇〇円及びこれに対する平成四年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告が所有し運航するA三一〇-三〇四、HSIFID旅客機(以下「本件事故機」という。)が、一九九二年(平成四年)七月三一日午前一〇時五五分(現地時間)、バンコク発カトマンズ行TG三一一便として、乗客九九名、乗務員一四名、合計一一三名を乗せてタイ国際空港を離陸した後、現地時間の同日午後一時一五分ころ(協定世界時の七時ころ)、カトマンズの北北東二三・三ノーティカル・マイル(一ノーティカル・マイルは一八五二メートル。)に位置する海抜一万六〇〇〇フィートのゴプテ山に激突して機体が大破し、乗客・乗務員全員が死亡し、手荷物等が滅失した事故(以下「本件事故」という。)について、乗客の伊藤聡明の遺族(父)である原告が、被告に対し、一九二九年一〇日一二日にワルソーで署名された、「国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約を改正する議定書」(昭和四二年条約第一一号。以下「ヘーグ議定書」という。)により改正された後の同条約(以下「ワルソー条約」という。)一七条、一八条の規定、又は不法行為(使用者責任。ただし、遺族である原告固有の損害についての請求。)に基づき、本件事故によって生じた損害(被害者伊藤聡明の損害及び相続人である原告固有の損害)の賠償を求めた事案である。
被告は、原告の請求を争い、当初はワルソー条約二二条の責任限度額の抗弁を主張していたところ、後に平成一一年七月一二日の第四四回口頭弁論期日において右抗弁を撤回したことから、この抗弁の撤回が許されるかどうかが第一の争点になった。この抗弁の撤回が許されないとすれば、本件において同条約二二条の責任制限の解除要件を定める同条約二五条所定の事由があるかどうかが問題となるが、本件においては、右のほか、遺族の固有の損害についてワルソー条約の適用があるか、その適用がないとすればこの損害について日本国民法に基づく請求ができるか、損害額を幾らと算定するのが妥当かなどが問題となる。
一 争いのない事実
1 当事者
(一) 原告は、伊藤聡明(昭和五〇年五月一六日生まれ。)の父である。
(二) 被告は、国際航空運送及びこれに関連する事業を業とするタイ国法人であり、タイ国を中心に、世界各国への国際民間航空路を保持し、旅客機の運航に従事している。本社をタイ国バンコク市に有するとともに、日本国東京に営業所を有している。
2 国際運送契約の締結
伊藤聡明は、平成四年七月二一日、出発地を日本国内の名古屋とし、経由地をネパール国のカトマンズ、到着地を大阪とする航空機による有償旅客運送契約のチケットを名古屋で購入することによって、被告との間で旅客機による有償国際運送契約を締結し(以下この契約を「本件運送契約」という。)、これに基づき、被告が運航するタイ航空機TG三一一便(本件事故機)に乗客として搭乗するとともに、その手荷物を委託した。
3 本件事故の経緯
(一) 一九九二年(平成四年)七月三一日、本件事故機は、いずれも被告の被用者である機長と副操縦士との二名の協力により操縦され、カトマンズ・トリブバン国際空港(以下「カトマンズ空港」という。)へ向けて航行していた。
(二) 当時、カトマンズ空港は、被告の航路マニュアル上、運搬乗務員が特に注意すべき一〇の空港の一つに位置づけられており、周囲の地形が険しく着陸が難しい空港とされていた。同空港はカトマンズ・ヴァレーの中にあり、周囲を山々に囲まれているが、特に空港北方の山が高く、空港の北(約二〇度の方角)約一八ノーティカル・マイルの地点では部分的な高さが一万一五二九フィート(三五一四メートル)あり、空港の北二九ノーティカル・マイルの地点では頂上の高さが約二万フィート(約六〇〇〇メートル)に達する。
(三) 本件事故機は、右同日協定世界時(グリニッジ標準時。以下「UTC」という。)六時四六分ころ、カトマンズ空港から南南西の方向に約二三ノーティカル・マイルの地点を、高度約一万〇五〇〇フィートでカトマンズ空港に向けて北北東(方位約〇二二度)に航行中、管制塔管制官から、シエラ・アプローチ(機首を方位〇二二度に向けて飛行した後、カトマンズ空港の滑走路〇二号に直線着陸又は同二〇号に旋回着陸するための着陸態勢)により滑走路〇二号に着陸する許可を得た。そこで、本件事故機は、管制塔管制官の許可に従い、シエラ・アプローチを開始しようとしたが、故障により一時的に主翼のフラップが延ばせず、同機はその間、飛行高度を十分に下げられないままにカトマンズ空港に近づきすぎ、シエラ・アプローチを継続するのに適切な位置を通過してしまった。
(四) そこで、機長は、UTC六時四九分ころ、着陸アプローチをやり直すことにし、滑走路から南南西の方向で、かつ、自機後方にある「ロメオ」にいったん戻ることにした。「ロメオ」とは、同空港滑走路〇二号端から南方〇・六ノーティカル・マイルの地点にあるカトマンズVOR(超短波全方向方式無線標識。以下「VOR」という。)から南南西四一ノーティカル・マイルの位置にあるウェイポイント(航路標識)である。したがって、本件事故機は一八〇度旋回してこれまでの飛行方向(機首方位〇二二度)と正反対の方向(機首方位二〇二度)にいったん戻り、カトマンズ空港から十分な距離を確保した上で、再度一八〇度旋回し、シエラ・アプローチをやり直すことにした。
(五) UTC六時五〇分ころ、本件事故機はカトマンズ空港に機首を向けた状態(機首方位〇二二度)で、同空港から南南西の方向に約七ノーティカル・マイルの地点に至っていたが、同機はこの時点で一八〇度の右旋回を開始した。
(六) しかし、この旋回は一八〇度で終わることなく、本件事故機は三六〇度旋回し、その後に同機は北に飛行を続け、UTC七時(日本時間七月三一日午後四時)ころ、VORの北北東二三・三ノーティカル・マイルの地点で山に激突し、機体が大破した。
(七) 伊藤聡明は、本件事故により死亡し、その手荷物は滅失した。
4 機長らの方位誤信
本件事故機の機長及び副操縦士は、同機がVORから約七ノーティカル・マイルの地点から行った三六〇度旋回の後半以降のある時点から、機体が南に向かって飛行していると誤信したまま北方向に飛行を続けた。
三 本件訴訟の争点
1 責任原因について
(一) ワルソー条約一七条、一八条の規定に基づく責任
(1) 被告が当初主張していたワルソー条約二二条の責任限度額の抗弁を撤回することは許されるか。
(2) 右撤回が許されない場合、ワルソー条約二五条の「無謀にかつ損害の生ずるおそれがあることを認識」の要件の意味内容(重過失が含まれるか。)及び本件事故機の機長らに右要件に該当する事実(重過失)があったか。
(3) 原告(遺族)固有の損害について、ワルソー条約一七条が適用されるか。
(二) 不法行為による責任(原告固有の損害について)
遺族固有の損害についてワルソー条約一七条が適用されない場合に、本件事故機の機長らに過失があり、不法行為が成立するか。
2 損害について
伊藤聡明の損害及び原告固有の損害は幾らと算定されるべきか。
四 争点に関する当事者の主張
(原告の主張)
1 争点1(一)1(責任制限の抗弁撤回の許否)について
被告と伊藤聡明との間に、ワルソー条約が適用されることは明らかであり、被告は旅客である伊藤聡明の死亡による損害及び物損についての賠償責任を免れない。
被告は当初ワルソー条約二二条の責任限度額の抗弁を援用したことから、同条約二五条の主観的要件(重過失等)の有無等をめぐり五年八か月にわたり審理が行われたところ、平成一一年七月一二日の第四四回口頭弁論期日に被告は右抗弁を撤回した。しかし、原告は、次に述べるように被告の重過失を主張・立証する正当な利益(理由)を有するのであって、被告による抗弁の撤回は不当であり、認められない。
(一) 真の事故原因の究明の必要性
原告は、安全であるべき航空機の突然の墜落によって無惨な死を遂げた乗客の遺族であり、事故原因の究明を強く願っている。このような当事者の希望にこたえることは民事訴訟の重要な機能である。本件事故の原因を究明し被告の責任を明らかにすることで、航空会社の重過失による航空機事故が繰り返され、正当な補償がされないまま紛争が長期化して被害者・遺族が更なる苦しみを味わっている現状に対し、警鐘を鳴らすことができ、今後の航空輸送の安全及び被害者保護について改善を図ることができる。
(二) 被告の訴訟戦術の打破による原告の利益
被告の右抗弁の撤回までに事実審理は終了し、これに基づき既にほかの共同原告らとの間では和解が成立しているから、抗弁の撤回によって審理促進や補償の早期実現が図られるわけではない。右抗弁の撤回は、事故原因が判決により認定されることによって事故の重大性、深刻性が明らかになることを避け、事件を矮小化、形骸化させること、これにより本件を通常の交通事故並みの賠償で済ませることを意図したものである。このような被告の姿勢は、本件事故により原告が被った苦痛や本件の持つ社会性からみて断じて許されない。
2 争点1(一)(2) (ワルソー条約二五条の責任制限解除事由の有無)について
(一) ワルソー条約二五条の責任制限解除事由の内容
同条は、全締約国に共通する概念として、Willful misconductから派生した「無謀にかつ損害の生ずるおそれがあることを認識」(する)という概念を導入したものであるが、その解釈は各国に委ねられている。同概念を採択したヘーグ会議は、客観説を前提にして同条を採択した。同概念のもとであるWillful misconductについては、これを客観説の立場から解するのが通常であり、同概念の母法である米国も同様の解釈にたっており、仏国も客観説の採用を判例法理として確立している。加えて、同条約二二条は不合理かつ時代錯誤的であり、先進諸国では同条を適用しない実務が定着しているし、同条及び二五条は、憲法二九条、一四条違反の疑いが極めて強く合憲限定解釈的な解釈が必要である。これらの点に照らせば、同条約二五条所定の責任制限解除事由としては、「重過失」で十分であると解すべきである(客観説)。
(二) 機長らの重過失
本件事故は、次のような機長らの重過失によって惹起されたものである。
(1) 機体旋回開始後の重過失
本件事故機の機長らには、本件事故機の三六〇度の右旋回に際し、<ア>オートパイロットのヘディング選択モードを適正に操作し、機首が最終的に南南西の方位に向かうように航空機を旋回させるべき業務上の注意義務(自動操縦装置適正操作義務)及び<イ>旋回終了後、航法計器類等を通じて機首方位及び航空機の位置を確認し、航空機が飛行を禁止されているカトマンズVOR北方四ノーティカル・マイルを越えた地域に進入しないようにすべき業務上の注意義務(位置確認義務)があった。
しかし、機長らはいずれの義務も怠った。すなわち、<ア>オートパイロットのヘディング選択モードを、最終的に意図していた南南西の方向と正反対の方位に合わせ、機首方位約〇二五度の方向に至るまで約三六〇度本件事故機を旋回させてしまった(自動操縦装置適正操作義務違反)。
また、<イ>航空機の機首方位が〇二五度である旨の報告をエリアコントロールセンター管制官に無線で行い、更に、制御表示装置(CDU)上のDIRECT・TO機能の操作により、本件事故機の前方にロメオ・ポイントが存在しないことを制御表示装置が正確に表示したのを何度も確認するなどに加え、各操縦士の前方に設置されたナビゲーションデイスプレイに機首の方位が常時表示されているなど、本件事故機が北北東の方向に航行していることを示す手掛かりをいくつも得ていたにもかかわらず、本件事故機の正確な位置確認をせず、機首方位〇〇五度のまま航行を続け、飛行禁止地域に進入してしまった(位置確認義務違反)。
(2) 北方向への進行を認識した後、適切な結果回避措置を執らなかった重過失
本件事故機の機長らは、山への衝突三〇秒前であるUTC六時五九分五六秒に副操縦士が“Hey we are going, we are going, north, (uh)?”との言葉(以下「北発言」という。)を発するまで、本件事故機が南へ向かって飛行していると誤信し続けていた。
機長らには、右誤信及び本件事故機が飛行禁止地域に進入したことに気がついた場合、即座に航空機を旋回させて当該地域を離れるべき業務上の注意義務(飛行禁止地域退避義務)があった。しかし、機長は、副操縦士が右発言をした後も、漫然と管制官に旋回許可を求めるだけで、即座に旋回を開始しなかった(飛行禁止地域退避義務違反)。
3 争点1(一)(3) (遺族固有の損害に対するワルソー条約一七条の適用の有無)について
遺族固有の損害についてワルソー条約一七条が適用される場合には、原告は被告に対し、予備的に、同条に基づき本件事故によって原告に生じた遺族固有の損害の賠償を請求する。
4 争点1(二)(日本国民法に基づく請求の当否)について
本件事故が機長らの過失によるものであることは、前記2(二)に記載のとおりであり、原告は被告に対し、不法行為(民法七〇九条、七一一条、七一五条)による損害賠償請求として、遺族固有の損害(慰謝料・弁護士費用)の賠償を請求する。
5 争点2(伊藤聡明及び原告の損害)について
(一) 伊藤聡明の損害
(1) 逸失利益 八二六八万八八九〇円
伊藤聡明は本件事故当時満年齢一七歳であり、稼働可能期間を大学卒業時である二二歳から六七歳までと仮定し、賃金センサス平成三年第一巻第一表産業計・男子労働者・新大卒を基準に、ホフマン方式により中間利息を控除した上、生活費控除率を四〇パーセントとして計算して求めた金額八二六八万八八九〇円を下らない。
なお、被告は生活費控除率を男子の場合五〇パーセントとすべきであると主張するが、この数値は昭和五〇年ころから変わっておらず、その後の家計の変化を反映していない資料に基づくものであって妥当でない。
(2) 物損及び葬儀費用 六五〇万円
伊藤聡明が所持していた手小荷物等の損害額は、少なくとも一五〇万円を下らず、同人の死亡により発生した葬儀費用は、少なくとも五〇〇万円を下らない。
(3) 慰謝料 五〇〇〇万円
慰謝料算定の要素としては、当事者双方の社会的地位、職業、資産、加害の動機及び態様、被害者の年齢、学歴、事故原因、事故態様のほか、その他の諸要素も、不合理で、客観性のないものでない限り斟酌すべきであり、例えば、侵害行為後の加害者の態度なども斟酌要素とすべきである。
本件事故においては、<1>伊藤聡明は、本件事故発生までなすすべもなく、想像を絶する恐怖感・絶望感・不安感を味わい、本件事故機が山に衝突・墜落して爆発したことにより、肉体的・精神的苦痛のうちに死を迎えた点、<2>伊藤聡明の遺体は黒く焦げ、個人の識別もできず、山の急斜面にわたって散乱し、現在に至るまで、遺族の元に戻っておらず、人間にふさわしい尊厳ある死を迎えることができなかった点、更に<3>本件事故は、極めて違法性が高い被告の行為に起因している点を斟酌すべきであり、その慰謝料額は少なくとも五〇〇〇万円を下らない。
(4) 相続
原告は、伊藤聡明の右損害賠償請求権を、法定相続分である二分の一の割合で相続した。
(二) 原告固有の損害
(1) 慰謝料
本件事故においては、<1>原告は、伊藤聡明の遺体に対面できず、事故現場にも行くことができない点、<2>原告は、本件事故により突然家庭を破壊されたことに起因して、頭痛、眼痛、腹痛、だるさ、疲れやすさ、めまいなどの身体症状を患い、フラッシュバックにともないそれが増幅されるという、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の諸症状に悩まされている点、更に<3>被告は、本件事故後原告に対して謝罪の言葉を述べることは一切なく、交渉は弁護士を通じて行うよう遺族に手紙を送付するなど、極めて不誠実な対応であった点を斟酌すべきであり、伊藤聡明の死亡による原告の慰謝料額は少なくとも二五〇〇万円を下らない。
(2) 弁護士費用
本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は、少なくとも七五六万七五五五円を下らない。
(三) 合計
以上の損害額の合計は、一億〇二一六万二〇〇〇円となり、原告は右金額の損害賠償請求をする。
(被告の主張)
1 争点1(一)(1) (責任制限の抗弁撤回の許否)について
ワルソー条約二二条の抗弁は、専ら航空運送業者である被告の利益のための規定であり、その利益を享受するか否かは専ら航空運送人の判断に任されているのであるから、抗弁の撤回は自由である。これは全世界的に統一された見解である。
原告は、被告が右抗弁を撤回した動機を云々するが、この訴訟行為の性格からすればそれが不当であるといわれる筋合いはないし、動機も、最終解決までに長期間を要することを避けるというものである。
2 争点1(一)(2) (ワルソー条約二五条の責任制限解除事由の有無)について
被告は、ワルソー条約二二条の責任制限の抗弁の主張を撤回したので、責任制限解除事由を定めた二五条の解釈について主張する必要はない。
3 争点1(一)(3) (遺族固有の損害に対するワルソー条約一七条の適用の有無)について
民法の上位規範としてのワルソー条約が、航空機事故にかかわる損害賠償責任の根拠条文を明記している以上、遺族固有の慰謝料請求については、専らワルソー条約に基づくものと解釈すべきである。このことは、二四条二項が、運送人の責任に関する訴えは「この条約で定める条件及び制限のもとにおいてのみ提起することができる」と規定していることからも明らかである。したがって、民法七一一条に基づく請求は、ワルソー条約一七条による損害賠償を具体的に考えるに当たり対象とすべき国内法による請求ととらえるべきである。
4 争点1(二)(日本国民法に基づく請求の当否)について
本件事故機の機長らについて、原告主張の注意義務は存在しない。
(一) 自動操縦装置適正操作義務及び位置確認義務について
(1) 原告主張の右旋回を開始した時点では、南方に旋回をしなければ事故を回避し得ないような状況にあったわけではないから、そもそも右時点で南南西の方位に機首を向けるべく航空機を旋回させる義務は認められず、したがって、これを前提とする原告主張の自動操縦適正操作義務は認められない。本件右旋回は、「しばし待機せよ。」とのカトマンズ空港管制塔(以下「TWR」という。)の指示を受け、しかも、南南西の方位から他機がアプローチしていることを告げられたので、その機首を二五度(北北東)の方位に向け、他機との衝突を回避する態勢となって、管制機関からの指示を待つ状態をとっていたのみであり、この点に何ら問題はない。
(2) 原告は、カトマンズVOR北方四ノーティカル・マイルの地域が飛行禁止地域である旨主張するが、同地域は、本件事故当時進入が一般的に禁止されていたわけではない。この点の原告の主張は、本件事故調査報告書の記載の誤解に基づくものである。したがって、仮に航空機がこの地域に進入したとしても、即座に「位置確認義務」なるものが発生し、この地域から離れる義務が生じるものではない。例えば、同空港へ南からアプローチしてゴー・アラウンドする場合や、直進進入ではなく旋回アプローチして着陸する場合には、空港の北方へ行かざるを得ず、これは全く正常なアプローチ方法である。
(二) 北方向への進行を認識した後、直ちに適切な結果回避措置を執るべき義務(飛行禁止地域待避義務)について
原告らは、「北発言」の時点で初めて機長らが本件事故機が北へ向かっていることに気づいた旨を右注意義務の前提として主張しているが、右発言は、未確定な疑念の表示程度のものであり、明確に事故機の北進を認識したことによるものとはいえない。
(三) 本件事故に至った真の原因は、機長らの過失よりも、悪天候でそもそも着陸が困難なカトマンズ空港へのアプローチに際し計器によらざるを得ない状況において、次のとおり、適切な管制指示が与えられなかったことである。
(1) 本件事故機は、UTC六時四九分〇五秒、いったん発生した技術的な問題点(フラップが延びない)が解決したため、再度シエラ・アプローチを行うため左旋回して機首方位二〇二度にあるロメオへ戻ろうとし、UTC六時四九分一〇秒、TWRに対し着陸のための問題点が解決したことを告げた上で、その許可を求めた。
(2) ところが、UTC六時四九分二八秒、TWRは本件事故機の問い合わせに全く答えず、ただ「シエラ・アプローチを許可する。九五〇〇フィートを維持し、一〇DME(カトマンズVORから一〇ノーテイカル・マイルの地点という意味)で位置報告せよ。」と述べるのみであった。
(3) そこで、本件事故機は、UTC六時四九分三四秒、既に着陸を継続することができない旨を伝え、アプローチを再び行うためロメオへ戻りたい旨再度TWRに告げたが、UTC六時四九分四三秒、TWRはこれに対しても適切な答えをせず、ただ本件事故機のDMEを尋ねるのみであった。
本件事故機は、UTC六時五〇分一六秒及び同二三秒の二回にわたり、左旋回の許可を求めたが、TWRはいずれも理解せず、「DMEを報告せよ。」あるいは「一万一五〇〇フィートを維持し、一六DMEで位置報告せよ。」と見当違いな返答を繰り返した。
(4) このように左旋回の許可が得られないため、本件事故機の機長は、UTC六時五一分五七秒、やむなく右旋回し、かつ、同時に地上との安全な距離を保つため高度を一万八〇〇〇フィートまで上昇させることとし、右旋回及び上昇を開始して、その旨をTWRに報告した。
(5) ところが、TWRは、UTC六時五二分〇六秒、南西方向からロイヤル・ネパール航空二〇六便がカトマンズ空港に接近していたため、本件事故機に対し、しばし高度一万一五〇〇フィートを維持し、「待機」するよう指示した。
この指示は、しばらく高度一万一五〇〇フィートを維持した後、何らかの飛行に関する指示がTWRその他の航空管制機関より与えられるので、それまで待つべきことを意味するものである。
(6) 右指示を受けて本件事故機は、右旋回の途中で高度を一万四〇〇〇フィートから一万一五〇〇フィートに降下することとし、UTC六時五二分五一秒及び同五三分二二秒にその旨をTWRに通知した。そして、本件事故機は、TWR又はカトマンズ・エリア・コントロール・センター(以下「ACC」という。)による指示を待った。
(7) 本件事故機は、この待機指示の後であるUTC六時五三分五八秒、TWRに対し指示を促すべく「我々はロメオへ向かってよいか確認したいのだが。」と問いかけたところ、TWRは、“proceed to Romeo”と述べた後、本件事故機に対し、以後ACCにコンタクトするよう指示し、管制の責任をACCへ移した。
ICAO(国際民間航空機構)の標準的な航空通信用語法によれば、“proceed to・・・”とは、その航空機が目指す目的地を表示しているにすぎず、そこへ向かってよいとの管制機関のクリアランスを示すものではない。また、右指示の出された時点で、本件事故機は、高度一万一五〇〇フィート、カトマンズVORから二五ノーティカル・マイル内にあり、ACCではなくTWRが管制すべき位置であった。このため、ACC管制官はとまどい、UTC六時五五分一〇秒、「なぜこちらに任せた方がよいのか。」との問いを発した。またこのACC管制官は、まだ実務経験の浅い訓練生であった。
(8) ネパール政府が発表しているカトマンズ空港における管制空域のうちある一定の地点については、管制機関が明確な特定の場所へ行くクリアランスを与え、しかも航空機がこれを受領し確認しないうちは、その航空機が飛行することは許されない。TWR及びACCは、方式に則った、明確なクリアランスを最後まで与えていなかったのである。
5 争点2(伊藤聡明及び原告の損害)
(一) 逸失利益について
(1) 算定の基礎は、平成四年度賃金センサスの男女別の全年齢平均の給与額に置き、中間利息の控除は、ライプニッツ係数を用いるべきである。また、伊藤聡明が大学あるいは短大まで進学できることを基礎づける事実について主張立証がされていない本件においては、進学を前提として各学歴別の賃金表を使用することは妥当でない。
(2) 将来の昇給は、これが証拠に基づいて相当の確かさをもって推定できる場合には考慮すべきとされるが、本件ではこれに関する証拠は提出されていない。また、ベースアップも認めるべきではない。
生活費控除率は、男子の場合は五〇パーセントとすべきである。
(3) 以上を前提に計算される四四八三万七一三六円が、被害者伊藤聡明の逸失利益として相当である。
(二) 慰謝料について
生命侵害の慰謝料は、死者の財産収益能力等とは関わりない一人の人間の死に対するものとして客観性を持つべきで、すべての死者につきほぼ同一であるのが理想である。このような観点から、被害者伊藤聡明の慰謝料は、総額として一八〇〇万円が相当である。
(三) 葬儀費用について
式典費用、仏壇・仏具購入費を含めて一二〇万円を妥当と考える。
第三当裁判所の判断
一 ワルソー条約一七条、一八条に基づく責任について
1 ワルソー条約一七条、一八条の要件の有無
航空機による有償の国際運送については、ワルソー条約が存在しているところ、伊藤聡明と被告との間では、出発地を日本国名古屋、経由地をネパール国カトマンズ、到着地を日本国大阪とする本件運送契約が締結されており、我が国はヘーグ議定書による改正前のワルソー条約及びヘーグ議定書を批准しているから、右運送契約は、改正前ワルソー条約及びヘーグ議定書の締約国である日本国の領域にある地を出発地及び到着地とし、予定寄航地を他の国であるネパール国の領域にある地とする航空機による旅客の国際運送契約であることが明らかである。したがって、伊藤聡明と被告の間の国際運送契約に関する事項については、ワルソー条約が適用されることになる(ワルソー条約一条)。
ワルソー条約は、その一七条において「運送人は、航空機上で生じた事故を原因とする旅客の死亡又は負傷その他の身体の障害の場合における損害について、その損害の原因となった事故が航空機上で生じ…たものであるときは、責任を負う。」と規定し、その一八条において「運送人は、託送手荷物又は貨物の破壊、滅失…の場合における損害について、その損害の原因となった事故が航空運送中に生じたものであるときは、責任を負う。」と規定しているが、他方では、その二〇条において、運送人側が「損害を防止するため必要なすべての措置を執ったこと又はその措置を執ることができなかったことを証明したときは責任を負わない。」と規定している。しかし、本件において、被告は同条約二〇条の免責の抗弁を主張していないから、被告は、伊藤聡明の死亡に係る損害の原因となった事故が本件事故機上で生じたものであること及び同人の手荷物の滅失に係る損害の原因となった事故が航空運送中に生じたものであることが主張、立証されれば、その損害の賠償義務を免れない。
本件においては、「争いのない事実」の3のとおり、伊藤聡明が被告の運航する本件事故機に搭乗し、手荷物を委託したところ、本件事故機が一九九二年(平成四年)七月三一日のUTC七時ころカトマンズ空港の北北東二三・三ノーティカル・マイルの地点で山に激突して機体が大破し、この事故により伊藤聡明が死亡し、その手荷物が滅失したことは当事者間に争いがないから、伊藤聡明の死亡に係る損害の原因となった事故が本件事故機上で生じたものであること及び同人の手荷物の滅失に係る損害の原因となった事故が航空運送中に生じたものであることも、当事者間に争いがないということになる。
したがって、被告は、右ワルソー条約一七条、一八条の規定に基づき、伊藤聡明の死亡に係る損害及び同人の手荷物の滅失に係る損害の両者について賠償義務を免れない。
なお、国際航空運送において右の損害が発生した場合には、直接ワルソー条約一七条、一八条の規定に基づき損害の賠償を請求することができる(すなわち、右各条が損害賠償請求の責任原因になる)とともに、右各条に該当する損害については、右各条が優先して適用されるものと解するのが相当である(同条約二四条)。
2 争点1(一)(1) (責任制限の抗弁撤回の許否)について
ワルソー条約が一方で無過失の証明責任を航空運送人に負わせ、他方で責任限度額を設け、航空運送人の責任が重い一定の場合についてのみ責任限度額を超えた損害賠償責任を認めている趣旨は、一度航空機事故が発生した場合には、その性質上多数の死傷者が出ることが不可避であるという特殊性にかんがみ、被害者の救済という要請と、多額の投資を必要とする反面財政的基盤が必ずしも強固とはいえない航空産業の保護育成という要請の相反する二つの要請を調整するという点にあったものと解される。そうであれば、ワルソー条約二二条の責任限度額の規定は、専ら航空運送人の保護のために設けられた規定であるというべきであり、その利益を享受するか否かはあくまでも航空運送人の自由な選択に委ねられていると解するのが相当である。このことは、同条約二二条一項ただし書が「旅客は、運送人との契約により、更に高額の責任の限度を定めることができる。」と規定して、責任限度額の抗弁を援用するかどうかについて運送人が選択できるように定めていることからも裏付けられている。
したがって、右条約の解釈上、航空運送人の側が自らの意思で右責任限度額の利益を放棄することは可能であり、右抗弁を主張するかどうかは航空運送人の自由であるというべきであるから、いったん主張した右抗弁を撤回することも、何らこれを妨げられるものではないというべきである。原告の主張するような事情は、被告の右抗弁撤回を阻止し得る事情とはいえない。
3 争点1(一)(3) (遺族固有の損害に対するワルソー条約一七条の適用の有無)について
(一) ワルソー条約は、その一七条において、運送人が責任を負う対象として「旅客の死亡又は負傷その他の身体の障害の場合における損害」と規定するのみで、その損害の種類・内容を定め又はそれに言及する規定を置いていない。しかし、他方では、誰が「損害」の賠償請求権を有しているかについて、同条約は、その二四条の(2) において、一七条の責任に関する訴えはこの条約で定める条件及び制限の下にのみ提起することができるとした上で、ただし書で、そのような制限は「訴を提起する権利を有する者の決定及びそれらの者が各自有する権利の決定に影響を及ぼすものではない。」としている。
これらの諸点を併せ考慮するならば、ワルソー条約は、賠償の対象となる損害の種類・内容やその請求権を行使できる者については、係属裁判所が係属地の国際私法によって指定した準拠法によって決定すべきであるとする態度をとっているものと解するのが相当である。したがって、本件では、損害の種類・内容及び請求権者は、当裁判所が国際私法の基準に従って指定する準拠法によって決すべきである。
(二) 我が国の法例には、ワルソー条約一七条のような特殊な請求権を直接規制する抵触規則は規定されておらず、本件はいわゆる「抵触規則の欠缺」の場合に該当する。このような場合には、類推適用すべき規定がないかどうか等を総合して、条理によって妥当な抵触規則を決定すべきである。
ところで、同条約一七条の「損害」の実質的な請求根拠には、契約法に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権とがあり得るものと解される(このことは、同条約二四条(1) が「責任に関する訴は、名義のいかんを問わず」と規定していることにも表れているといえる。)ところ、法例には、契約債権と不法行為債権に関する抵触規則がそれぞれ置かれている(前者について七条、九条、後者について一一条)。そこで、本件においては、これらの抵触規則を前提に、条理によって、同条約一七条の請求権に関する抵触規則を決定することになる。
まず、契約債権に係る抵触規則についてみるに、法例七条は、その一項で準拠法は当事者の意思によるものとし、その二項で、当事者の意思が分明でないときは行為地法によるとしている。通常、同条一項は当事者自治の原則を採用したものであり、同条二項は意思推定主義をとったものであるとされる。しかし、現在の国際航空運送においては、IATA約款に準拠法条項はないとされ、伊藤聡明と被告との間の本件運送契約においても準拠法が合意されているとは認められない(乙三、四)から、法例七条一項との関係では当事者の黙示の意思を検討することになるが、インターネット等の高度情報技術を用いて地球規模で各種国際取引がされるに至っている現状と、国際航空運送契約のそもそもの国際取引性とに照らせば、当事者の黙示の意思を明らかにし得ない場合が多いものと推測される。そうすると、法例七条二項によって準拠法は行為地法によることになるが、これまた、現在の国際取引状況に照らし、どこまで妥当性を確保できるか問題があるといえる(法例九条を併せて考えても同様である。)。
他方、不法行為債権に係る抵触規則についてみるに、法例一一条一項は、原因たる事実の発生した地の法律によるとする不法行為地法主義をとっている。しかし、航空機事故の場合には不法行為地(事故地)が当事者に全く関係のない地である場合が多く(現に本件でも、行為地説、結果発生地説のいずれをとっても不法行為地はネパール国である。)、不法行為地主義を貫徹すると妥当な結果をもたらさない場合も多いといえる。
以上によれば、本件のような国際航空運送契約に係るワルソー条約一七条に基づく請求については、法例における契約債権及び不法行債権に係る各抵触規則を類推適用することは妥当でなく、事件ごとに、訴訟当事者の国籍、住所、営業所、旅客の国籍、住所、その他事件に重要な関係を持つ諸要素を抽出し、当事者の衡平をも考慮して、条理によって準拠法を決定するのが妥当である。
(三) 本件においては、原告及び旅客であった伊藤聡明の国籍、住所は日本国、被告の本店所在地はタイ国であるが、被告は日本国東京に営業所を有している上、本件運送契約が締結されたのも日本国であり、かつ、被告が原告に交付した旅客切符及び手荷物切符は日本国内において日本語を使用する旅客に対し交付するためのものであった(最後の事実は、乙二の1、三、四から認められる。)から、当事者の衡平の観点をも踏まえ、これらの事情を総合考慮すると、本件の準拠法は法廷地法である日本法とするのが妥当である。
したがって、原告は、ワルソー条約一七条の規定に基づき、民法七〇九条、七一一条に規定される遺族固有の損害をも請求できると解するのが相当である。
なお、被告は、右と同様の理由で、伊藤聡明の死亡に係る損害として同人及び原告の精神的損害をも賠償する義務を負うというべきである。
二 争点2(損害)について
1 被害者伊藤聡明の損害
(一) 逸失利益 四五六九万七〇二四円
伊藤聡明は、昭和五〇年五月一六日生まれで、本件事故当時一七歳の健康な男子であったところ、証拠(甲B五の2から4)と弁論の全趣旨によれば、同人は当時愛知県立東郷高校二年に在学中であり、本件事故に遭わなければ、高校を卒業して四年制の大学に進学し、大学卒業後は六七歳まで就労し、毎年賃金センサス平成四年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・新大卒の全年齢平均六五六万二六〇〇円を下らない収入を得ることができたものと認められる。よって、逸失利益は、右金額を基礎として、生活費控除率を五〇パーセントとし、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、事故時の原価を計算するのが妥当である。これを計算すると、同人の逸失利益は四五六九万七〇二四円となる。
(計算式)
六五六万二六〇〇円×(一八・二五五九-四・三二九四)×〇・五=四五六九万七〇二四円
(二) 物損 二〇万円
伊藤聡明が当時二週間程度(乙二の1)の海外旅行に必要な品々を携行していたであろうことは容易に推測できるが、本件事故においてはこれらの手荷物のほとんど全部が滅失したのであるから(甲B五の2、原告)、このような本件事故の特質に照らし、右手荷物の内容及び価額を具体的に明らかにすることは極めて困難と考えられる。そこで、同人の手荷物の価額は、弁論の全趣旨に基づき、二〇万円をもって相当と認める。
(三) 慰謝料 一四〇〇万円
本件においては、伊藤聡明には全く落ち度がないこと、本件事故の直接の原因は機長らによる機首方位の誤信という過失にあると認められ、この過失はパイロットにとっては初歩的ないし基本的な注意義務に関する過失であると評価されること(前記「争いのない事実」の3、4、甲A二、A一五の1から21、A二〇、証人平栗元喜、同バリー・シフ)、判別できる遺体がほとんどなく、本件事故の衝突の衝撃は甚大なものであったと認められること(従前の共同原告高岡浩一、同下田常將、原告)、伊藤聡明は飛行機がルートを外れて飛行していることを全く知らず、したがって、死亡するまで死の覚悟をするいとまもなく瞬時に生命を奪われたものと推測されること、同人の遺体は遺族に戻っておらず、遺品が若干戻っただけであること(甲B五の5、原告)、被害者はまだ高校生であり、前途ある青年であったこと、学校ないし家庭内での人望は厚く、周りの者から愛され、クラスの室長やクラブのリーダーをするなど将来が期待されていたこと(甲B五の2、原告)等の事情を指摘することができ、これら諸般の事情を総合考慮して、同人の精神的苦痛に対する慰謝料は一四〇〇万円とするのが相当である。
2 相続に係る原告の損害 二九九四万八五一二円
弁論の全趣旨によれば、原告は、被害者伊藤聡明の父親として、母親である従前の共同原告伊藤美知子とともに、伊藤聡明に生じた損害賠償請求権を二分の一の割合で相続により承継したものと認められる。そうすると、原告が承継した右損害賠償請求権は、二九九四万八五一二円となる。
3 原告固有の損害
(一) 慰謝料 二〇〇万円
原告は本件事故により最愛の息子を失ったものであり、本件被害者の死亡について、言葉では言い表せない甚大な精神的苦痛を被ったことは明らかである。本件諸般の事情、特に被害者伊藤聡明の遺体や遺品が回収されず、原告の元に何も返らなかったこと、被害者は将来を有望される弱冠一七歳の青年であったこと、原告は事故後の被告の態度や姿勢に更に精神的に苦痛を受けていること(甲B五の5、原告)などを総合して考慮すれば、原告の被った精神的苦痛に対する慰謝料は二〇〇万円とするのが相当である。
(二) 葬儀費用 六〇万円
葬儀費用としては全体で一二〇万円を認めるのが相当であるところ、原告の損害としてはその二分の一の六〇万円と認めるのが相当である。
(三) (一)と(二)との合計 二六〇万円
4 2と3との合計 三二五四万八五一二円
以上によれば、原告が被害者伊藤聡明から相続した損害と原告ら固有の損害との合計は、三二五四万八五一二円となる。
5 弁護士費用 二〇〇万円
弁論の全趣旨によれば、原告が、被害者伊藤聡明から相続した損害と原告ら固有の損害を訴求するため、弁護士である原告代理人らに対し本件訴訟の追行を委任し、これに対し相当額の費用及び報酬を支払うことを約していることが認められる。本件事案の特質、内容、難易度、審理経過、認容額その他本件に現れた諸事情を総合考慮すれば、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用に係る損害は二〇〇万円と認めるのが相当である。
6 最終的な損害額 三四五四万八五一二円
よって、被告が賠償すべき損害額は三四五四万八五一二円となる。
第四結論
以上の次第で、原告の被告に対する請求は、三四五四万八五一二円とこれに対する本件事故の日の翌日である平成四年八月一日以降支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その他は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田好二 裁判官 手嶋あさみ 裁判官 島田英一郎)